「この人はどんな人なのか」と聞いてみた。
自分で書いているブログなのだから、自分がどんな人間なのかくらい自分で分かっているつもりだった。しかし、第三者の目から見た自分というのは、案外分からないものらしい。
返ってきた答えは、だいたいこんなものだった。
コンピュータを道具として使う前に、コンピュータそのものがどう動いているのかを知りたがる世代の技術者。
その後、技術だけでなく制度・組織・社会システムを扱うコンサルタントへ領域を広げた人。
これは、なかなか的を射ている。
たしかに、昔から「このソフトウェアをどう使うか」よりも、「そもそもこれはどう動いているのか」の方が気になっていた。
FM TOWNSでLinuxを動かしたり、GNU系のソフトウェアを追いかけたり、GNU Hurdのコミュニティに参加したり。OSの内部やソースコードを眺めている時間は、別に仕事になるわけでもないのに楽しかった。
Hurdについても、単に使ってみるというより、Machやtranslatorの仕組みを追いかけていた。
今になって考えると、ずいぶん遠回りをしている。
しかし、技術の世界では、この「遠回り」が意外と後になって効いてくる。
あるシステムを見たときに、画面に表示されているものだけではなく、その下で何が起きているのかを考える。
ソフトウェアを見れば、その設計や実装を考える。
OSを見れば、その下のカーネルやハードウェアとの関係を考える。
そして、仕事で公共システムを扱うようになってからは、今度はそのシステムの下にある制度や組織、予算、調達、業務プロセスまで気になるようになった。
対象が変わっただけで、やっていることは昔からあまり変わっていないのかもしれない。
「これはどう動いているんだ?」
という疑問を持って、その下を掘っていく。
昔はコンピュータだった。
今は、コンピュータだけではなく、制度や組織や社会システムまで掘っている。
そう考えると、FM TOWNSでLinuxをいじっていた頃から、現在の公共系コンサルタントまで、意外と一本の線でつながっているようにも見える。
そして、AIにブログを読ませてみて初めて、そのことに気がついた。
自分で自分を見るより、他人に「あなたはこういう人ですよ」と言われた方が、案外よく見えるものなのかもしれない。
まあ、AIに「コンピュータを道具として使う前に、コンピュータそのものがどう動いているのかを知りたがる世代」と言われたのは、ちょっと面白かった。
たぶん、最初に「なぜ?」と聞いたのが間違いだったのである。



